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​大学院への進学について

 

学生のみなさんが悩むポイントとして大学院への進学があるでしょう。修士課程は他のみんなが行くから進学する。博士課程はほとんど誰も行かないし、自信がないから進学しない。こう考える学生が多いのではないかと思います。こういう薄っぺらい表面だけ見て雰囲気で決めるのはやめてください

私の個人的な見解は逆です。自信を持って社会で生きていける学生なら、修士だろうが博士だろうが必要ありません。自らの才覚だけで十分やっていけます。むしろ自信がない学生こそ、修士や博士へ進学し、他の人たちよりも長く教育・指導を受けてください。

「学びとは、いわば合意の上の迷いの場である。幾らでも迷え、回り道を闊歩する自由のことである。」と名越康文氏は言います1, 2。大学院では自由に様々なことに取り組んでもらいたいのです。悩んだり、回り道をしても良いのです。ただ、必死に主体的に取り組んでください1。これが喜井からお願いしたい大切なことです。必死に主体的に取り組めば、必ず成果は出ます。悩みに対して答えが出るかもしれません。悩んでいたことすら忘れるかもしれません。そして自らの成長を実感できるようになります。

​大学院でやっていくための条件はたった1つです。その研究活動が苦にならないことです。研究をやっててそこそこ楽しいと思えることです。苦にならない、そこそこ楽しいと思えるのなら大丈夫です。研究大好きである必要はありません。研究活動は楽しいこともあれば辛いこともあります。ただ、研究活動が苦になる場合には全くオススメしません。

​大学院は、人生で教育を受けられる最後の場所です。会社に入ったら教育は受けられないと思った方が良いでしょう。色々と教えてくれる先輩はいるかもしれませんが、それは教育ではありません。当人の底力を上げることではなく、その会社で仕事ができるようになるための限定された能力を付与されるだけです。そのような能力は、その会社では役に立つでしょうが、他ではさほど役に立ちません。社会人になって自らの能力を底上げするために、大枚を叩いてセミナーに参加したり、様々なスクールに通ったり、自助努力する人が大勢いることを認識してください。

当研究室に見学にくる学生の何人かは製薬業界で働きたいという希望を持っています。学部卒では研究開発に携わることはほぼ無理です。修士でかろうじて研究開発に関われる程度です。それでもプロジェクトを先導するような新しいことをする立場になることはあまりありません。なぜなのかを自分で考えてみてください。

製薬業界で課長職以上に出世したかったらほぼ博士号は必須です。研究職を目指すならなくてはならない学位です。1, 2, 3, 4, 56, などなどちょっと探せばたくさん出てきます)。どうしてそのような条件がついているか考えてみてください。

 

ずっと研究に携われるなら別に出世しなくていいと言う学生がいますが、出世しなければ研究職以外に飛ばされるだけです。あとから最新の知識や技術を持った若い博士が入ってきますから。

多くの学生はロクに調べもせずに修士課程で卒業して製薬系に就職したい、博士課程に行ったら就職できない、と言います。ちゃんと自分で多くの情報を収集して分析し、自分の将来にとってどの進路がもっとも合っているのかをしっかり考えてください。

学部卒と修士修了の大きな違いはわかりますか? 実はこと研究について言えば、あまり変わりません。国内外の学会発表や英語原著論文の発表について、修士の方が圧倒的に優れていると言えるほどの差はありません。特に英語原著論文の発表については、ほとんどの修士が達成できずに修了します。そもそも論文発表は修了要件になっていません。

学部卒と修士修了の最大の違いは、後輩の指導経験です。修士過程では2年間自分の研究活動を行いつつ、後輩を指導することになります。後輩を指導することは、その修士課程学生の底力の向上に大きく繋がります1。圧倒的と言っても過言ではありません。教えるには、その教える内容を深く理解し、その周辺情報も知識として蓄え、わかりやすく、辛抱強く伝え、実際にやらせてみて、独り立ちするまでそっと見守る必要があります。このプロセスの経験によって、修士課程学生の考え方が全く変わります。教えられる側から教える側への変化です。そして、後輩に教えることを前提にして教えられることと、それを前提とせずに教えられることでは、教えられた本人に身につく知識の量が全然異なります。この教えられる際の態度の違いこそが、学部卒と修士修了の最大の違いです。どっちが有用な人材かなど一目瞭然ですよね。

そして修士と博士は段違いです。なぜなら修了要件が全く違うからです。博士号を取るためには少なくとも英語原著論文1報の出版が必須です。この英語原著論文を1報出すことは凄いことです。論文発表が新聞やTV で紹介されているのを見たことがある学生も多くいると思います。

大事なことは英語原著論文1報を自力で出せるかどうかです。その過程を乗り越えることで学生の底力は格段に向上します。修士課程で修了するにしても英語原著論文1報を出せるなら、それでもいいじゃないかと考える学生がいるでしょう。その通りです。私がこれまで指導してきた中にも修士課程で英語原著論文を発表した学生が多くいます。彼ら、彼女らは、論文の準備・サブミット・リバイス・アクセプトの過程で多くのことを学び、大きく成長しました。この過程の前後で別人といっても過言ではない成長を遂げました。私が多少は指導しましたが、ほとんどは学生の努力の賜物です。もちろん学生が1st authorです。

修士課程で論文1報を出せるかといえば相当難しいです。かなりの努力が必要でしょう。運も必要です。要は出せるかどうかわからないのです。論文を準備するに全く至らずに終わることもあるでしょう。つまり学生によって到達度に差がありすぎるため、修士号に一定の価値を与えることができません。そうなると最低限を保証することしかできません。修士号の価値は下限で揃っているのです。

博士課程は少なくとも論文1報出すことが修了要件です。それが博士号の価値の下限です。多くの博士号取得者は、2報以上の論文と、共同研究の共著論文を発表します。下限のレベルが修士とは違うのです。

そして博士課程は修了要件を満たせなければ終わりません。終わらない場合は途中退学となります。修論のようにお目こぼししてもらえるようなことはありません。まあ私は修論でも手抜きはしません。相当厳しいと思っておいてください。ただし底力の向上は保証します。

博士号を取得することは並大抵のことではないと世界中の人たちが認識しています。だからこそ価値があるのです。修士号を取ることが凄いことだと世界中の人たちは思っていません。私も思っていません。

博士号については、それが直接的に若いうちの年収に反映されることはまだ多くはないでしょう。ただ出世や転職に与える影響は大きいです。出世すれば海外との取引なども多くなるでしょう。その際に博士の肩書きがあるのとないのでは扱いに雲泥の差があります。転職でキャリアアップしていくにも有利です。

 

一番の博士号のメリットと言えるものはキャリアの選択肢の幅が広がることでしょう。これは、学部<修士<<<博士、という感じだろうと思います。博士を持っていないとそもそもチャレンジすらできないキャリアの選択肢が数多くあります。大学や国立研究所で研究者になるには必須条件です。昨今数が増えてきている創薬スタートアップの多くは博士号取得者を前提に採用活動を行なっています。創薬スタートアップは、数年から10年程度で大手製薬企業に事業を売却しますから、その際に転職しやすいように博士を採用しているという側面もあります。ただこの側面は、今後多くの企業に適用されることになります。終身雇用が崩壊するからです。

博士号を取得することの最大の意義は底力の向上です。この底力はどんな職種でも必ず役に立ちます。研究職でしか役に立たないなんてことは決してありません。どんなことに対しても課題を見つけ、それを解決することができる、それが博士です。頭でっかちで使えないとか言われたりしますが、博士は頭で勝負するものです。頭で勝負できない連中が口で勝負しているだけです。

 

博士号というのは研究能力も含まれますが、それ以上に知性の証拠です。博士はPh. D. (Doctor of Philosophy:哲学博士、知性の博士)です。Philosophyを持たなくてはなりません。もちろん修士号でも知性を獲得した学生は多くいます。ただそれは保証されていません。博士は、自らの哲学・知性を土台にして社会に貢献するものです。決して社会に合わせることが仕事ではないのです。今現在社会にないものを生み出す。新しい価値を創造することが仕事です。

​博士課程の3年間を勿体無い、その間にもらえる収入を考えれば損だ、など様々なことが言われています。損得で考えるなら大学院には入らないでください。そもそも、そのたかが3年間の収入の有無が影響を与えるような生涯年収で満足なのですか? 定年まで安定に収入を得続けられると思う根拠は何ですか? 途中で転職・配置換え・出向などあり得ないと思っているのですか?

 

薄っぺらい表面だけ見て雰囲気で決めるのは絶対にやめてください。自分で情報を集めて、しっかり考えてください。 ​他人の言葉に踊らされないようにしてください。自分の人生の責任は自分でしか取れないのです。そして将来家族ができたら、家族の責任も取らなければならないのです。自分だけのことなら、転職で順調にキャリアダウンして行き先がなくなっても自己責任です。家族がいたら、それではダメだと思いませんか? 学生の間にした決断が、将来の家族の生活に影響を与えるのです。大切な家族ができる、家族が欲しい、という学生は真剣に考えてください。あなたの今の決断が将来を決定するということを肝に銘じてください。たかが数年先のことしか考えないのはもうやめてください​。10年、20年先を見越して考えてください。

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